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札幌高等裁判所 昭和51年(う)113号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高野国雄提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

控訴趣意第一点(原判示第一の事実に関する事実誤認ないし法令適用の誤の主張)について

所論は、要するに、原判決は、判示第一において、恐喝未遂の事実を認定するが、被告人が、今国敏に対し金員喝取の意図で暴行、脅迫を加えた事実はなく、ただ被告人はそれまで今に対し有していた債権(元本五七万円及びその利息)の取立てのため、同人にその支払を求めたに過ぎず、被告人の右所為は相当な手段方法に基づく権利の行使であって違法性がないものと認められるので、この点を看過した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤がある、というのである。

そこで考えてみるのに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が、原判示第一のとおり暴行脅迫を用いて恐喝未遂の犯行に及んだ事実を認定することができ、また、被告人の原判示第一の所為が権利行使として違法性を阻却する場合に該当せず違法であるとした原判決の判断は相当として首肯するに足り、一件記録及び証拠物を精査検討してみても、原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤を見出すことができない。以下所論にかんがみさらに説明を付加する。

すなわち、今国敏は、原審公判廷において、被告人から、車で連れ出されたうえ、原判示第一のように自動車内やだるま屋店舗内で、「これから立待岬に連れて行って突き落して殺してやる」「もし自分が警察につかまっても自分の代りに鉄砲弾になってくれる人がいる、直接殺さなくても車でひき殺せば過失致死で済む」などと言って脅迫され、また車内では、顔面を殴打されたうえ、髪の毛を引張るなどの暴行を受け金員の返済を要求されたものと供述している。そして所論は、今の右供述は、被告人の供述とくい違っており、かつ今は当時被告人に対し債務を負担していたのであるから、自己に有利なように債務取立の方法について誇張した表現をしたものとみるのが自然であるので、これを全面的に信用することはできない旨主張する。なるほど今が当時被告人から後述のような債務を負担していると言われ、その取立を受けていたことは所論指摘のとおりであるが、他面、被告人の前記脅迫文言や暴行に関する弁解をみると、被告人みずから、車内で今に対し、「お前みたいなやつは立待岬から放り投げてもたりない奴だ」などと怒鳴りつけ、同人の頭を平手で一回どついたこと、およびだるま屋店舗内において今に対し、きつい口調で、「金が全部支払えなければ、父親の白紙委任状を持って来るなどしてちゃんと片をつけろ」と言って債務の支払を迫ったことをそれぞれ自認しており(被告人の検察官に対する昭和五一年二月六日付供述調書・三〇九丁から三一六丁までのもの)、被告人自身今の供述する被害の状況と全面的にくい違った供述をしているわけではない。しかも関係証拠によれば、今の妻美恵子は、原判示第一の犯行当日午後七時ころ被告人が今方に来て、夫(今国敏)が被告人の屋外で話をしようとの申出を拒否した際、被告人は玄関の板の間をスリッパで強く叩きながらともかく出て来い、俺を怒らせるななどと怒鳴りつけたため今方の子供が泣き出したこと、その際被告人はさらに今に対し、俺は体を張って金を取りに来たのだ、刑務所にも入っているんだなどと怒鳴って、同人を車で連れ去ったことをそれぞれ供述しており(同女の検察官に対する供述調書)、また当日だるま屋店舗内で被告人らに給仕をした花海双志子は、被告人が今に対し声高に何事か怒っていたこと、その際今は青い顔をし唇も乾いている様子であった旨をそれぞれ供述している(同女の検察官に対する供述調書)ものと認められる。こうした被告人の弁解の程度やその内容、犯行の一部に関する目撃者の供述が今の供述する被害の状況と照応すること、今の前記供述に格別その真実性を疑わせるに足りる不自然な点も見出しがたいことなど関係証拠と比照して今の供述するところを検討すると、犯行当時今が被告人に対し債務を負担する利害関係にあったことを十分考慮にいれても、なお今の右供述は信用することができるものといわなければならない(もっとも、被告人と共に犯行現場に同席していた稲垣博、井浦英男の両名は、だるま屋店舗内において、被告人が今に対し別段金銭貸借の話をしなかった旨供述し、今の前記供述はもちろんのこと被告人の前記弁解とも矛盾した被告人に有利な供述をしているが、稲垣、井浦の両名は、いずれも被告人の所属するやくざ組織の配下の一員であると認められること、しかも右両名の供述内容には、右のように被告人の供述自体ともくい違うなどの不自然な部分が散見されることに徴し、これをたやすく信用することはできない)。したがって、この点の所論は採用できない。

してみれば、今の証言その他原判決挙示の関係証拠に基づいて、被告人の今に対する恐喝手段として、原判示第一のような暴行脅迫の事実を肯認した原判決の事実認定は、正当としてこれを首肯することができる。

そして他人に対し権利を有する者が、その権利を実行することは、それがその権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に許容されるものと認められる程度を超えないかぎり、なんら違法の問題を生じないけれども、その行為が右の範囲または程度を超えるときは、違法となり、恐喝罪を構成することがあるものと解すべきである(最高裁判所昭和二七年(あ)第六五九六号、同三〇年一〇月一四日第二小法廷判決・刑集九巻一一号二一七三頁参照)。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、今は、昭和四六、七年ころから被告人と顔見知りになり、そのうち被告人から競輪資金を借り受けるようになり、昭和四九年九月七日から同月二一日にかけて四回にわたり被告人から合計金一一万円を高金利の約束(期限一〇日、利率一割、複利)で借り受けたが、その支払を怠る間に、同五〇年四月には被告人から元利合計五七万円になったものとして請求され、さらにその後同年六月には元利合計一四七万円に、また同年一一月には元利合計八四〇万円になったものとして、それぞれその旨の借用証を差し出すことを余儀なくされるに至ったこと、そして被告人が今に対し右八四〇万円の支払を求め、原判示第一のような暴行脅迫の手段を用いてその取立に及んだことをそれぞれ認めることができる。

そして、被告人の今に対する右八四〇万円の支払の請求は、右債権自体、元来被告人が今に対して有していた貸金債権の元本及びこれに対する適法な利息の範囲を逸脱したものと思われるが、さきに説示したように、その取立てのため原判示第一のような暴行脅迫を用いたことが認められる以上、もはや権利行使の方法が社会通念上一般に許容される程度を超えたものであることは明らかである。したがって、被告人の原判示第一の所為は、権利行使としてその違法性を阻却するものではなく、結局、被告人の原判示第一の所為を恐喝未遂罪を構成するものとして処断した原判決の判断は正当としてこれを首肯することができる。原判決に所論の事実誤認ないし法令適用の誤を見出すことはできず、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(原判示第三の事実に関する法令の解釈適用の誤の主張)について

所論は、原判決は、判示第三において、被告人は、貸金業を営む者でありながら法定の貸金業の届出を怠った旨の事実を認定し、かつ出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律七条一項、一二条一号の罪は、貸金業を開始したあとその旨の届出の義務の履行があるまで犯罪行為が継続する継続犯と解される旨判示し、右事実に同法七条一項、一二条一号を適用して処断しているけれども、同条項にいう貸金業の開始の届出をしない罪は、貸金業の開始後合理的な期間内にその届出をしなかったことにより成立しかつその時点で完了する即時犯と解すべきであるから、被告人が貸金業を開始した時期および届出をなすべき合理的な期間を認定しない原判決には、同条項の解釈適用を誤った違法があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで所論にかんがみ、審案するのに、記録によれば、原判決は、判示第三において、被告人が、昭和五〇年四月一二日から同年五月一七日ころまでの間、前後五回にわたり、三名の者に対し、合計金二七万円を貸し付けるなどして貸金業を営む者であるのに法定の貸金業の届出を怠っていた旨認定摘示し、右事実に同法七条一項、一二条一号を適用して処断していることは明らかである。

そこで考えてみるのに、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律七条に規定する届出は、大蔵大臣が貸金業の実態調査のため必要があるとき貸金業者から業務に関する報告を徴しまたは業務に関し調査をさせることができることを規定した同法八条と相まって、国が貸金業の実態を常時正確に把握しようとすることをその目的とするものと解される。してみれば、同法七条一項、一二条一号は、貸金業者に対し、その業務を開始したあと遅滞なく所定の届出をすることを要求し、たとえ、その時機に遅れた届出であってもこの届出の前記の目的に照らし、その業務を続けるかぎり、その必要性を認め右届出を要求する法意にほかならないと解するのが相当である。したがって、その届出の時期に遅れたことは、もとより右届出義務の存否に影響を及ぼすものでなく、届出義務者は、その届出の必要性が存続しかつ届出義務の履行が可能であるかぎりは、時機に遅れた後でもその届出をすべきものである。すなわち、同法七条一項の届出を怠った場合、その後貸金業の実体が消滅するなどして届出の必要性が失われた場合は別として、その届出義務の履行が可能であるかぎり、届出があるまで右義務違反の違法な状態が継続するものというべきである。

右の次第で、同法七条一項に違反して同法一二条一号に該当する罪を継続犯と解し、原判示第三掲記のとおり、被告人が、原判示第二のような業としての金銭の貸付をして、貸金業を営んでいながら、法定の貸金業の届出を怠った旨の事実摘示をし、被告人の原判示第三の所為について、同法七条一項、一二条一号を適用した原判決は正当であって、原判決に同法の解釈適用を誤った違法があるとはいえない。これに反する所論は採用することができず、論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 高橋正之 豊永格)

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